コインの裏表としての「像」と、一つのシェルター
群馬県甘楽郡下仁田町にある就労継続支援B型事業所「ピースフル群馬」です。
【安中・富岡・甘楽まで送迎しています🚗】
私たちは、障がいのある方が自分らしく働ける環境づくりを目指し、お弁当・お惣菜の製造販売から、施設外就労、内職や創作活動まで、一人ひとりに合わせた多様なお仕事に取り組んでいます。
今回は、ある利用者さん(匿名希望)が書き綴ってくれたエッセイをご紹介します。
実はこの記事を書いてくれた方は、最近ピースフル群馬をご卒業され、新たな一歩を踏み出されました。事業所で過ごす中で感じたこと、社会に対する独自の視点や深い考察が綴られています。少し長めの文章ですが、ぜひゆっくりと読んでみてください。
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何を書くかは指定されていないので、僕から見える世界を取り留めも無く書き綴る。
※この文章の目的は、あくまで僕の視点を書くことにある。指摘、批判等は幾らでも出来ると思う。そう思う方は、不思議な世界観だな、くらいに流すか、時間の無駄なので読まない事を勧める。
この時代に、作業所なんぞに税金を注ぐ意味はあるのか?例えば、空間に問題がある時、作業所は、一時的な避難所足りえる。例えば、価値観を操作されていると感じる時、そこから離れる事が出来る。それは、操作の効力を弱める。例えば、自信や肯定感を喪失した人が、それを回復する場所になり得る。例えば、熾烈な消耗戦を展開する世界に、もはや付いていけない人が寄り添うシェルターになり得る。例えば、以前の僕は、一行も、何も考えられなかった。今こうして考える事が出来るのは、この空間が安全を提供してくれた事が一因だと考えている。
それは、作業所では無くても良いのかもしれない。しかし、作業所もこういった役割を持てると僕は思う。少なくとも、スタッフからはその信念を感じる事がある。そういったスタッフが居る限り、それは、税金で維持されるだけの価値がある空間だと僕は信じている。
僕は内側から実際に見てそう思っているが、作業所に対して、多くの人は実態ではなく「像」で語っているように思う。
今の作業所の像は、どうなっているのだろうか。僕個人は、像が嫌いだ。像は偏見を生み出す。ここからは、僕の価値観に基づいて、像について考えてみる。この文章でいう「像」とは、対象そのものではなく、人が頭の中で持っている認知上のイメージ全般を指す。

ある人が「アニメなんか見てるの?」という時は、幼稚向け、子供向けの像を想定し、
「アニメ見てるよ」と答える大人の像は大人向けを想定している。
「マンガなんか見てるんだ」という時は風刺記事の一切れを指して漫画と呼び、
「マンガ読んでるよ」と答える大人は一般商業誌のマンガを指している。
「ゲームなんかやってるの」は子供向けの像を想定し、
「やってるよ」と答える大人はハイエンド・コンシューマー系の像を想定している。
・・・というのは、僕自身が持つ像の偏見だ。しかし、それを観察してみると、人は実体ではなく像同士で会話している。それと、像の不一致という共通項が見つかる。この不一致の修正作業が、会話であり、理解なのかも知れない。もちろん、立場上の不適切さを理解しているのかを指摘しているとか、他にも色々とあり得るが、今回は像に焦点を当てる為、考慮から外す。
なので、どんな?と聞かれない時、一つの可能性として、それはシグナルかも知れない。あなたに関心は無いが、あなたで発散したい物がある。というシグナル。それは例えば、像の押し付け。
会話してくれる人は、貴重だ。しかし、何のつもりで会話しようとしているかは見極める必要がある。
会話の皮を被った発散行為と、会話は別種である。しかし、体感に過ぎないが、発散行為を行う人は、会話という建前を持ち出す。
押しつけを目的とするほど、「あなたの為を思って言っている」と言う。
詐欺的であるほど、「あなただけに特別にお教えします」と言う。
そういった行為について僕は、意図を像で誤魔化している、と思う。
目的を隠す擬態として、「良い物」を利用する、という構造は普遍的だ、と思う。それは、売れる商品の劣化模造品が、ブランド偽装して量産される、などの、一定の共通項や再現性を確認する事が出来る。それは、例えるなら像の無断使用と言えるかも知れない。専門的には、シグナル理論が近い。本物のブランドは品質のシグナルになる。すると、偽物が増え、シグナルの信用が下がり、所謂コモンズの悲劇と呼ばれる物が発生する。ここで消費されるコモンがシグナル、となる。そうすると、ブランドの像は壊れる。
像は歪みやすく、作為的手段になりやすく、理解され難く、無秩序で、身勝手を許す。
それはコインの裏表のようだ。今回は裏目に注目している。一方で、
像は歪みやすく、なので柔軟性に富み、再評価の機会があるのも像の性質である。
作為的手段になりやすく、なので、作為に対抗する手段もまた、像である。
理解され難く、なので、他者から完全には理解されないからこそ、自分だけの心の空間を保つことができる。
無秩序で、なので、非現実の模型を生成する器でもある。
身勝手を許す、なので、像は願望器であり、未来設計の白紙の地図にもなる。
それはコインの裏表のようだ。
作業所の像がどうなっているのかは、分からないし、今後どうなるのかも分からない。ただ、僕は、作業所の像がコインの表を出す事はあり得る、と思っている。それはスタッフの日々の努力を見て、そう思う。ここは、社会の安全網の一助足りえるという像を僕に与える。それは、税金を投じる価値があると僕は思う。
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いかがでしたでしょうか。私たちスタッフにとっても、非常に胸が熱くなる、そしてハッとさせられる内容でした。
筆者の方がピースフル群馬を「安全を提供してくれた空間」「寄り添うシェルター」と感じてくれていたこと。そしてここでの時間が、思考や自信を回復させ、次へ進むためのエネルギーに繋がったのであれば、私たちにとってこれ以上嬉しいことはありません。新たな道へ進まれた筆者の方を、スタッフ一同これからも心から応援しています!
ピースフル群馬では、このように利用者さんが自分の言葉で発信することもお仕事(工賃)として取り組んでいます。一人ひとりの個性や見えている世界を、これからも大切に発信していきます。
お弁当の販売情報やイベント出店のお知らせなども随時お届けしますので、ぜひまた読みに来てくださいね。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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